東京高等裁判所 昭和41年(う)1125号 判決
被告人 沼尾正二
〔抄 録〕
論旨は、要するに、原判決は被告人が過失により他人に危害を及ぼすような速度と方法で自動車を運転した事実を認定したが、被告人は原裁判所の検証調書添付図面記載の(イ)点、即ち、原判示交さ点に僅かに入つた地点で一時停止して左右道路の安全を確認し、右方道路―約三九メートル先で終り、左右に通ずる道路に交つている―から進行して来る車両のないことを確めたうえ、徐行程度の速度で同交さ点内を進行し、中心付近に至つたところ、高山三郎の運転する自動車が相当な速度で右方道路に現れたのであるから、被告人の車両が停止し、或いは前進、後退したとしても、高山の車両が一時停止しない限り、原判示衝突事故の発生は不可避であつたのであつて、被告人の車両を一一メートルに迫つて初めて発見し、急制動措置をとりながら被告人の車両に衝突し、その進行を妨げた高山にこそ一方的な過失があり、被告人は過失にもせよ安全運転の義務を怠つていない。さすれば原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、到底破棄を免れないというのである。
よつて、記録を調査すると、原判決摘示の事実は挙示の証拠によつてこれを肯認するに十分である。所論は安全運転の義務に違反しないというが、右証拠を綜合すると、被告人は自動車を運転して交通整理の行われていない左右道路の見通しの悪い原判示交さ点にさしかかり、司法巡査八島邦一郎作成の実況見分調書添付図面その2記載のA点付近において一時停止したが、同地点は交さ点より少し手前にあつて左右道路の見通しがきかず、従つてその安全を確認しないまま徐行程度の速度で同交さ点に進入したこと、左右の道路は被告人の進行した道路に比し幅員がやや広く、交通量も多く、右方道路から進行して来る車両は通常同交さ点において一時停止をしておらず、被告人もこれを知つていたことが窺われること、被告人が右交さ点に進入した際には右方道路約二〇メートル余先方に高山三郎の運転する自動車が交さ点に向いかなりの速度で進行していたが、被告人は同車両に気付かないまま徐行を続けたこと、そしてその直後被告人は高山の車両に気付いたがそのまま徐行を続け、殆んど時を同じくして被告人の車両に約一一メートルに迫り急停止措置をとつてスリツプしながら進行して来た高山の車両に交さ点中心付近において衝突するに至つたことが認められ、従つて、被告人が交さ点に進入し直ちに停止し、又は加速して交さ点を通過し、或いは高山が予め徐行していたとすれば右衝突事故は発生しなかつたことを推認するに難くない。被告人および証人斎藤普の原審公判における各供述、原審証人萩原市太郎に対する尋問調書、同人の司法巡査に対する供述調書中右認定に反する供述部分はたやすく措信し得ない。以上の事実によると、高山に徐行義務違反のあることは明らかなところであるが、被告人にも左右道路の安全を確認しなかつた過失により、右方道路を進行して来る車両に衝突する危険が存在していたのに、左右道路の見通しのきく交さ点直前において停止しないで同交さ点に進入し、交さ点に進入してからも停止、又は加速しないで右方から進行して来る車両の前面をのろのろと徐行して、安全運転の義務に違反した行為のあつたことを否定し得ない。さすれば右と同旨の事実を認定したと認められる原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。
(松本 海部 深谷)